【ZINE】家で楽しむ展覧会ー峰松宏徳作品集「たましいをりぶろぐ 2020」

「たましいをりぶろぐ 2020」作品集

新型コロナウイルス感染拡大防止の為に2020年4月7日に発令された緊急事態宣言の下に行われたオンライン展覧会、非接触の3人展『沈黙の中のエクリチュール』第三章(2020.06.20~06.25)にて発表された峰松宏徳のデジタルイラストレーションシリーズ、「たましいをりぶろぐ 2020」をまとめた作品集です。

 

会期中に2度、Artas Gallery Online Place Projectと連動してデジタルドローイングの公開配信が行われました。

 

アーティストや参加者の居住地を問わず、アートを語れる場所としても、今後も引き続きオンラインの企画は続けて行きたいと思っています。

 

Artas Gallery

アートディレクター

峰松宏徳

 

神園宏彰企画

非接触の3人展

『沈黙の中のエクリチュール』

第一章 2020.04.21 ~ 04.30

第二章 2020.05.15 ~ 05.25

第三章 2020.06.20 ~ 06.26

 

企画制作

Artas Gallery

 

非接触の3人展『沈黙の中のエクリチュール』第三章

オンライン特設展示会場

https://hironorim.wixsite.com/out-of-contact-3

 

Artas Gallery Online Place Project

第一回オンライン会場

https://hironorim.wixsite.com/minetaro-world

2020年6月3日の西日本新聞

福岡市在住の美術家である神園宏彰さんとの共同企画である非接触をテーマにした企画展、『非接触のエクリチュール』が6月3日付けの西日本新聞の文化面で特集されました。

非接触の3人展『沈黙の中のエクリチュール』

当初はゴールデンウィークの開催を目指し、2月下旬頃から神園宏彰さんを含む数名のアーティストの方たちと全く別の企画の進行をしていましたが、4月7日の緊急事態宣言発令とともに進行していた企画が一旦中止(2020年7月現在も未定のまま)になりました。

中止になってしまった企画の代替案として、神園宏彰さんから非接触の企画の提案を受け、記事でも書かれている様にゴールは実際のギャラリーでの展示を目指し企画展が開催された次第です。

(この記事を書いたのが6月22日なので情報が前後してしまいましたが、2020年6月29日より不定休ではありますが、合成写真の元となった作品やデジタル作品の展示を「非接触の3人展 afterwards」として展示されております。)

第一章を4月23日から4月30日、第二章を5月15日から25日にかけて行い、2020年6月20日から6月26日までの期間で非接触をテーマにした展覧会の第三章(完結編)の開催を行いました。

第三章では第一章、第二章で作成された合成展示画像の元となる作品の展示を行っていますが、ギャラリーは開廊せず、展示期間中に展示の配信を行って行き、第三章終了日の26日以降にギャラリーを通常通りの営業に戻す予定です。

日本政府の指針に従い、まずは蜜を避ける為に企画の打ち合わせはリモート、ギャラリーでの設営は最低限の人数で、短時間で行いました。

この企画が立ち上がり進行して行く過程で、何度もこの時期にこの企画を行う意味が本当にあるのか、一体自分は何をしているのかと迷いながら作業していましたが、こうやって紹介して頂けて、ようやくこの企画が意味を持ち始められたと思っています。

今後、オンラインでの企画も新たに行って行く予定ですので宜しくお願いします。
(Artas Gallery Online Place Projectとしてオンライン企画も始まっております。https://artasgallery.base.ec/blog/2020/07/07/141102)

余談。僕とカメラ

僕はアーティストとしても平面作品や立体作品を制作をしており、写真も撮っています。

僕が写真を撮り出したのは大学1年生の頃に浦和にある美術系予備校でバイトをしたお金で、当時住んでいた相模大野から近かった町田のヨドバシカメラで初心者向けのカメラを聞いてキャノンのeos kissを買ってからでした。

カメラを買ってからは学校で友達を撮ったり、当時住んでいた相模大野の街をうろついて気になるものを撮ったりしていました。まだフィルムで相模大野の駅前にあった小さなフジフィルムの写真屋さんにバイト代を握りしめて、現像したフィルムを取りに行くのが楽しみでした。

当時は現像した写真を学校に持っていって友達にみせて喜んだりしていて、後は絵を描いていました。

学生の頃に50万円くらい貰えた大きめの賞を取った時に描いた絵や、母親が気に入って実家に飾っているの絵も、学生の頃に教授に褒められた絵も風景の絵でしたが、僕はカメラに夢中になっていて、そこまで絵に対してまだ本気では無かった様に思います。

今見返すと2000年代初頭の若者達の雰囲気がよく写っていて、けっこう良いなと思います。

2000年~2004年の多摩美のえほけん、油画、高校の同級生で俺と遊んでくれてた人たち、言ってくれたら写真送ります。

大学を卒業してからは、当時まだ数万したソニーのコンデジを買って手軽に写真を取りまくっていました。

イギリスで友達になった写真家にも色々教わったりしながら撮っていましたが、当時はまだ写真のデータを管理するという考えが無く、写真を現像したらデータを消したり、パソコンが壊れたらそのままごっそりデータがなくなったりしていましたが、どうせ見返さないし、データが無くなろうとあまり気にせず撮っていました。

ベルリンに移ってからは暫くは写真は撮っていませんでしたが、蚤の市で売っていた東ドイツ時代のペンタコンというカメラを衝動買いしてからまた写真を撮り始めました。

写真というより古いカメラがが好きになって毎週蚤の市に行っては50ユーロくらいまでの古いカメラを集めていました。

中には壊れていたものをあるのですが、それは分解してみて遊んだりしていました。2008年くらいからダニエルという写真家と友達になって写真を大きく引き伸ばしてもらったものに絵を描くシリーズを作りはじめ、そのままそれがデジタルになっています。

現在はレンズを通したもの、ディスプレイを使用して制作したもの全て、出力されたもの全てを写真扱いにして制作をしています。